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2014年5月31日土曜日

クラシック演奏会

昨夜は札響の定期演奏会に行ってきました。
たまたま前日の新聞で、伊福部昭生誕100年記念でオール伊福部楽曲を演奏することを知り、
当日券購入で行ってきました。

一番端っこの席で3000円。
でも会場のキタラは、どこに座っても音が素晴らしく響くので、充分迫力がありました。

伊福部昭と言えば、映画ゴジラの曲が有名ですが、他にどんな曲があるのかをCDを探して聴いたのが大好きになるきっかけでした。
その中に入っていたのが30分の交響曲、シンフォニア・タプカーラ。
低音と刻まれるリズムがカッコ良くてはまり、大きな絵を描いて詰まったときに良く聴いたりします。
そのうち、テレビでたまたま見た「鉄人28号~白昼の残月」の劇中曲が、シンフォニア・タプカーラはじめ日本狂詩曲など、オール伊福部だったわけです。
映像とぴったりで、めちゃくちゃかっこよかったわけです。

昨夜聴いた内容は全部で4曲でしたが、ほぼ「鉄人28号~白昼の残月」で流れていたプログラムでした。

周りのおばさま達は「今日は難解な曲だったわね」…と言ってました~

私は一人、キタラの大ホールの端っこで縦ノリ状態、一人ヒャッハーで大満足でした!

札響の演奏も素晴らしくて、また定期演奏会に行ってみたくなりました。

良質な音楽を低価格で気軽に楽しむことができる方法を知りました。

また札響定演楽しみにしています★

2014年4月18日金曜日

再始動

止まってはちょっと進んで、止まってはまたちょっと進んでの繰り返しで、
自分の時間も進んだよー、と言える足跡もできてきました。

何かを作る意欲が湧いてきた。
料理したり、服作ってみたり(とても外で着れるようなものではないけど)

絵も描いてますよ~

音楽聴きながら絵を描いてるときは、他のことを考えたりしないでいられる。

そして、描いていると、少しずつ絵が育っていくのがわかって、少し嬉しい。

つい、絵を描くにしても時々負けん気みたいなものが出てきたり、挑戦心みたいなものに囚われてしまったりしますが、本当はそういうものから早く逃れたい。
何の為に絵を描いてるのか。
理由が無くたって良いんじゃないかと思うこのごろ。


仕事で学校に行ったりなんだりしてますが、
こんな人間です;;
仕事先でいろんな人と会うことで、私自身が励まされて支えられて、なんとか一人の人として立たせてもらっています。
絵を描くって、それをお仕事にしてる人は沢山いますが、
私はやっぱり自分で自分をアートセラピーしてるようなもんかもしれませんw
そんな生き方も良いんですよ、きっと。
どんな形でも、今、いろんな関わりのなかに置かせてもらいながら、生きてることが大切です。

あんまり無理して自分を作らないことです。
素すぎても多分ひんしゅくかっちゃうだろうから、中間ぐらいにしておきます;;


2014年4月14日月曜日

北海道にも、やっと、春が来たよと堂々と言える気候がやってきました。
花木には小さな赤い花芽がつき、球根の植物も早々と花をつけています。

2月、3月は、体調が良くなくて、初めて、見るもの感じるものが全てモノトーン、スローモーション…という変な気持ちを体験しました。
好きな音楽もまったく聞けなかった。
絵を描いたって何の役にも立たないし、自分のすることは全て空しく感じてしまう。
今までそんな風にならないでやってこれたのに、なんで今こんな気持ちになってしまったのか、いろいろ自己分析しても、それが本当なのかどうか、実はわからない範囲が広かった。

何かを原因にしてしまえば気持ちが楽になったけど、それは解決策にはならない。
解決なんてできない問題なら、ではどうしたら良いのか。

日光が差す季節になって、雪解け最初に見たのは、郵便局の植え込みの松の後ろに咲いてた紫色のクロッカス。

この数か月の間、自分のことばかりで、本当に見つめていなければならなかった存在に眼を向けていなかったことに、今更後悔しています。
植物も人間も、寄生していては偏った姿なまま。
お互い、個々の生き方でしっかりした立ち姿になってこそ、その生命力は美しく感じるのだと気付かされました。

土の中は暗くてジメジメして、様々なものが蠢いている。
その暗闇から養分を得て、温められ、成長していく果てには光がある。

モノトーンの寒い冬の間、暗い土の中で辛抱しきれたものが芽吹くことができる。

受け入れて、待つ…ということが、どれだけ重要で大切な事なのか、良く心に留めておきたいと思います。



2014年1月9日木曜日

あけましておめでとうございます・本年もよろしくおねがいいたします・2014

ギャラリーレタラでの展示が終わり、しばらく行動を起こす元気がなかった會田です。
気が付いたら12月が終わっていました!!?
遅ればせながら、新年のご挨拶をさせていただきます!

さて、まずは昨年の個展についての反省をば。

今のスタイルになってから初めての、実在のモデルがいての創作でした。
ほぼ、勢いで制作、開き直りの展示でした。
会期中は、自分の想像以上に沢山の方々が応援してくれて、とても励みになり、from the forestのテーマも、今後ずっと大事に温めて、深みのある作品にしていかなければと強く感じました。
それが、今回のシリーズの原点となった対象に対しての礼儀だし、私のためでもあると思っています。これからも、以前のシリーズを含め、新しいテーマも思い切って制作していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ギャラリーへ足を運んでくださった皆様、ご高覧、どうもありがとうございました!


そして早速ですが、お正月が過ぎたらこのグループ展で新しい年が回り始めます★
New Point (ニューポイント)展です!
今年で11回目を迎えます。
この展覧会には、ジャンルを超えて様々な表現形式の方々が出品なさっています。
このグループ展には、25歳から参加させていただいています。
東京から札幌に帰ってきて、作品を作っている友達もできずにいた頃、大谷短大の先輩から出品を誘われて以来、お世話になっています。
彫刻や絵画、インスタレーション、版画、写真、染色など、さまざまな作品を作る方々と知り合うきっかけとなりました。
不思議な集まりで、何の欲もなく、新年に作品を携えて集まり、オープニングパーティーにかける気合いが凄く(笑)、とても楽しいのです。

お察しのとおり、私の作品はまだ制作中ですがw、90㎝角のportraitシリーズを一枚出品します★
新春らしい、春の気配を肖像画にできればと思っています。

1月15日が搬入日。
今年の出品人数は22人。
今から皆さんの作品と顔に出会えるのが楽しみです!!


New Point vol.11 ~ジャンルを超えた様々な表現の新しい出会いの接点、新しい展開の地点~
■会期:2014年1月16日(木)-21日(火)10:00-18:00 
※最終日17:00まで

■会場:大同ギャラリー3・4階(札幌市中央区北3条西3丁目 札幌大同生命ビル)

■出品作家
會田 千夏 阿部 有未 石川 亨信 糸井 崇史 上嶋 秀俊 菅 定
鴻上 宏子 小林 光人 橘井 裕 清野 有香 高野 理栄子 多田 和史 中村 修一 野村 裕之 藤山 由香 前川 アキ 牧野 秀昭 三浦 恵美子水戸 麻記子 宮崎 亨 八子 晋嗣 山形 牧子

1月18日 18時〜  パーティー(新年会)皆さん、是非一緒に新年会しましょう★お待ちしています!!






2013年11月27日水曜日

虚弱…

子どものころから呼吸器が弱く、寝込むことが多かったです。
幼稚園のころは、出席カードは黒い休みマークのハンコがいっぱい。隣の子のカラフルで皆勤だったらゴールドのシールが貼ってあったりするカードと見比べては、寂しい気持ちになった。
小学の頃は季節の変わり目になると救急で点滴がお決まりでした。
中学、高校からは学校は休まないようにしていたけど、皆が楽しそうにしている連休なんかに人知れず寝込んでて。
呼吸がヒューヒューゼーゼー言う音を聴きながら、霙(みぞれ)の吹雪みたいだなぁ…なんて思って空想していたこともありました(その感覚を絵にしたものもあります)。宮沢賢治の「永訣の朝」にでてくる「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の気持ちを想像してみたり…

大人になってから寝込む暇もなくなったけど、一年に一回はどうしてもダメになる日がある…その度に自分の体力の無さに反省します。
でも、体が辛いことで見えてくる風景とかもあったりして。
たぶんバリバリ健康でテンション高い生活をしていたら、描く線も色も違っていたんじゃないかと想像します。

今の自分のまま、ある程度の枷があるほうが、生きていることを大切にできるような気がしたりもします。

2013年11月18日月曜日

個展のお知らせです。

明日、搬入します。
そして、まだ描いてます…(泣)
DMのクオリティーに他の作品が追い付いていないという状況…いつもと同じですが…

新しいシリーズ展開ということもあり、まだまだ練りが足りないというか、
今後少しずつ表情が変わったり、変化していく様子をゆっくり観察しながら展開させていきたいテーマです。


”from the forest”のforestとは、脳内や心の中、記憶のしまってある場所や、気配がやってくる場所のことをたとえています。
クリアな場所ではなく、いつも真っ白い霧が立ち込めていて、その中からどんな記憶や気配がフワッと姿を見せるのかわからない…
今までのシリーズも、その同じ白い霧のなかから見えてきた風景や表情たちなのです。

今回は、そのforestから、自分の中に長い間しまってあった或る存在の記憶を引き出してしまったために、それと正直に対峙してみようという気持ちを込めて制作し始めました。
自分で触れて確かめることのできない部分、霧がお互いを隔て、触れそうなのに触れられない、見えそうなのに見えない、でも、その冷たい霧の中にずっと居た存在。それが幻影なのか真実なのか、それもまだわからない。ただ、その存在を感じることができている間はそれはやはり真実なのだと感じています。。少なくとも私のforestの中では…

場所は札幌円山公園駅から歩いて5分程度、ギャラリーレタラ。アメリカ領事館の斜め向かいあたりにある白い3階建の建物び3階です。
11月20日~12月9日までの会期となっています。
時間は12時から18時まで。火曜定休。
また、11月23日の17時より、ささやかなオープニングパーティーがあります。
人が集まるところが苦手な私ですがw、お待ちしております!!

詳細は下記のギャラリーレタラホームページへアクセスください。

では、制作に戻ります!

Gallery Retara|ギャラリーレタラ





2013年11月6日水曜日

ん~…この時期になると…

昨日、今日と、お世話になっている美術系学校にて、学生達の卒業制作第一次審査なるものがありました。

毎年、この時期になると考えさせられることは同じようなこと。

絵を描いたり物作りが好きな子たちが集まったこの学校。絵を描くことだけではなく、人間関係に悩んだり、技術で自信をなくしそうになったり、様々な事をものすごいスピードで体験しなければならなくて、それでも絵や物作りが好きだからここまでやってこられた子たち。卒業制作ともなると、今までの決められた課題制作とは違い、最初から最後まで自らが責任をおわなくてはならない。他人の評価は当然気になるだろうし、それだけでも大変なストレスを初めて感じていると思う。

私は技術もメンタルも、かなり不器用な人間だから、とくにうまく出来なかった学生たちの心境や状況、痛みや焦りはよく理解できるつもりでいる。  つもりだけかもしれないけど。

センスが良くてサラッとこなせる子もいる。才能なんだと思う。
でも、現在、一般的な他人には理解して貰いづらい胸の内に秘めた事柄を、目に見える何等かの形に作ることで表出し、やっとの思いで叫んでるというか、そういうタイプが大判なんだと思う。カッコ悪くても、叫ぶことができているならいい方だと思う。
あとの大判は、自分の声で叫ぶ方法が見つからず、何かどこかのだれかの形や言葉を借りて、紗にくるんでしまっているようにも見えた。

自分はどうだろう。
自分もあの子たちくらい若かったときは、何を表現して良いか正直わからないで制作してました。
どこかで見聞きしたことのあるようなもの。そんなつもりじゃなくても絵の中に出てきてしまったりして。何を言いたいのかわからない絵。

イラストやデザインって、純粋絵画や彫刻などと違うのは、やっぱり不特定多数の皆に伝わる普遍性をついたような部分がないと仕事にならないだろうなぁとは思いますが、実際集まってる子の大判は、描いて吐き出す、もしくは自分の描く世界の中に閉じこもって身を守ろうとする…そういう質の子たちのように感じています。商業性とか、表面は考えているように見えて、実際の中身は自己表現。

だれかれにとやかく言われることなく、評価を気にせずに思う存分やりたいことやれる環境がもっとこの子たちに有れば良いのに…って、不器用な表現をしてる私はつい思ってしまうのです。

さ。終わったことは悩まずに、目の前にあることをやるだけです。私も同じ。